作法というか形式ばったものとしてとらえていたので意外だったのが、茶の湯自体は親しき仲、または信頼できる間柄故にもてなす・もてなされるというところ。居心地よく過ごしてもらうために、双方の手の内を知った中だからこそ、作法があり良い意味で期待を裏切るような場ができるそうだ。相手のことを知っていたとしても、一期一会に心に残るようなもてなすというのは難しい。知らなければもっとである
そう思うと、客としてふるまうとき、必要以上のことを求めることが多い気がしてきた。よくやっているお店が多少融通が利かないだけで全否定してしまうこともある。無理がきかないだけで全部否定するのは良くない。よいもてなしをするためには相手のことを知るということともに、よいもてなしをうけるにも同様に自分のことをしってもらうことが必要。サービスを受けるといっても一方的なことではないし、それぞれ良いものが発揮されるように気をつかうことができれば良いような気がする。
サービスなりもてなしなり、もっと上手にしたりされたりしたい。
