[2004]Domaine Renè Engel VOSNE-ROMANée 1er Cru"Les Brulées"



結論から言うと、まだまだのみごろとは言い難いほどかたくなだった。リコリスの、、という以前に草木がつよく、のみごろじゃないぞ、とおもわせるピノ・ノワール。香りは栗やくるみ、ヘーゼルナッツ模様はあるが、喉にくるピノ・ノワールだった。
とはいえ、バランスはもともと非常に良い。全然おいしくいただけた。
ただ、口に含んだとき、余韻があまり良いとは言い難いかもしれない。2004年なりの味わい七日どうか判断に迷う。

畑自体は、リッシュブールに連なる畑らしい。って、どっちの邦楽に連なっているのだろうと思わざるをえない。このドメーヌ、本当にいい畑をいろいろ持っていたんだろう。畑に見合うワイン作りは大変な負担だったかもしれない。

ラベルはBBRもの。彼らは同じ作り手でもそれに対していろいろ注文をつけて味を多少なりとも変えてリリースしているらしい。ヴィノテークにそんなようなことが少し書いてあった。ひょっとしたら予想しない味わいかもしれない。ト思うと、買いたくなるが、日本人が味や作り方について注文したものではないのでそれ好みとはいえないだろう。
裏ラベルに、作り手を悼む詩がある。フランス語なのでよくわからずグーグル翻訳で英語に落として内容を確認。日本語に落とすとかなりひどい。ただ、ここでいうウィリアム・ブレイクは何を表しているのだろうか。有名な詩人の名前ではあるが、フランス語で作成したようにはおもえないし、、、これは将来の課題。


ルネ・アンジェル。創立はディジョン大学で醸造学を教授し、ブルゴーニュ騎士団の創設者の一人でも在ったルネの時代。その後息子のピエールが、さらには 1981年からルネの孫に当たるフィリップ・アンジェルがドメーヌを引き継いできました。特にフィリップは元詰めを増やし、尊敬するアンリ・ジャイエと同 じような手法をとりながら、ヴォーヌ・ロマネを表現するにふさわしいピュアなワイン造りに挑んできました・・・・。

残念ながらフィリップは2005年5月、タヒチで心臓麻痺のため49才で他界。ドメーヌは跡を継ぐ者が無く、残された6haの畑(グラン・エシェゾー、エ シェゾー、クロ・ヴジョを含む)は2006年9月にそれまでのヴォーヌ・ロマネ村の畑の取引としては最高額の1300万ユーロで売却されてしまいました。 ルネ・アンジェル。2004年がラストのヴィンテージ、です。
その他もっと知りたい場合はこちらをどうぞ。株式会社亀屋商店(Alcoholic Armadillo)


ということで、売却先がボルドーのラ・トゥールと同じところに買収されて、デュージェニーという名前で2006年ビンテージから売り出しています。
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裏のラベルに書いてあった詩(誤字脱字勘弁)

A Philippe(1955-2005)

Un voilier passe.
Je suis debut au bord de la plage.
Un voilier passe dans la braise du matin
Et part vers  l'océan.
Il est la beaute et la vie.
Je le regarde jusqu'à ce qu'il disparaisse à l'horizon.
Quelqu'un à mon côté dit; Il est parti
Parti vers où?
Parti de mon regard, c'est tout.
Son màt est toujours aussi haut,
Sa conque a toujours la force de ma vue est un mon,pas en lui.
Et au moment ou quelqu'un près de moi dit :
Il est parti
Il y en a d'autres qui, le voyant poindre, à l'horizon et venir vers eux,
S'exclament avec joie : Le voilà.

William Blake

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