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[五島福江島]#15 水之浦教会、宮原教会、半泊教会、堂崎教会、浦頭教会、大日山

 朝、港始発のバスにのって水之浦教会まで移動、まずはこちらの教会の様子をうかがう。聖ヨハネ五島、のことを初めて知る。鉄川与助作。


道すがら、遠浅の入り江があちこちにあって目を見張る。晴れていたらまぶしい青なんだろうなぁとおもいつつ、本当に人が少ないところなのでケガしたら大変、慎重に進む。


滋味教会#1,宮原教会。中をみると教会なんだけど外見は自治会館?といった風情だろうか。古い建屋でいたるところが痛んでいた。働く人が少なくなるということはこういうところに手が回らなくなることなんだろうと感じる。


半泊教会、地味教会#1かもしれないが味わいが段違いだ、100mくらいの坂を上って降りた静かな入り江にひっそりとたたずんでいる。縁側でぼんやりしたい雰囲気がある。



浦頭教会、往時栄えていた教会で2代目の教会は鉄川与助作だったが手狭になりノアの箱舟をイメージして建てられたのが現在の建物。存在感がとてもあり町の真ん中だったのだろうなあということをうかがわせる。


そして、最後は五島のキリスト教再興の地、堂崎教会。圧倒的に見えるレンガの建物だが、近づいてみるとなんだかかわいい建物にも見える。一方高さや形は周囲とのバランスでちょうどよいようにみえてくる。たぶん、ヨーロッパのつくりと比べて小さいから不思議なサイズ感があった。内部は現在過去のいろいろなものが展示されており有料、でもみておいてよかった。リアル踏み絵等がある。




こんなところばっかりでほんとうにほっこりする。


最後は大日山。山としては高くはないが
麓のトイレの注意書きが斬新だった・・

下五島の教会の情報はこちらからどうぞ

[五島福江島]#10 道の駅遣唐使ふるさと館のレストラン、三井楽教会、辞本涯の碑

五島豚の角煮丼、豚が本当にうまいので幸せ

三井楽教会、ここは敷地が大きくて建屋も見どころが多かった。なお初代の教会は1880年に建てられたがシロアリには勝てず1970年に解体とのこと。江上天主堂もそうだが、辺鄙なところに移って少ない土地を生かして作られたと思われる教会の維持は本当に問題が多かったのではないかと思われる。

辞本涯の碑、空海が遣唐使として海を渡る際日本の最果てを去るという意味で残した言葉とのこと。とても海は荒々しく1000年以上前の航海技術でこの海に突っ込んでいった人たちは本当に命がけだったのだろうということは窺しれる


 

[五島福江島]#7井持浦教会と大瀬崎灯台展望台


明治30年フランス人宣教師により建造されたレンガ造りの建屋は風格がある。中の雰囲気も良い(見学可能、撮影禁止)


標高差150mくらいだが、灯台は断崖絶壁の上にある。

初代は1870年代に作られて現在は1971年に作られた2代目とのこと。それでもすでに50年以上経過している。

 

[五島福江島]#5 嵯峨ノ島

 


嵯峨島教会。背の低いかわいい教会だった。外装は五島の木造家屋と同じ茶系の塗料が塗られていた。(伝統的な塗料なんだと思うが、何かはわからなかった。)






密度のあるアザミ

男岳に登る道、ここから藪漕ぎになるので現在は港に利用不可と書いてあった。ただ数年前まではたばたさんという方が整備をされていたらしく、草の低い季節で通過できたという感じだった。なお、竹が多く視界もさえぎられるしいろんなところをこすることになるので、それなりの準備をしてから行かれることをお勧めしたい。

男岳(おだけ)。これもしま山100

休憩エリアはこんな感じで、ちょっと興味深い。対風むけの形状なのか気になる。



[2013夏休み]上五島 教会めぐりラン --丸尾教会~青砂ヶ浦天主堂~冷水教会~青方教会

ダイビングの終わった昼下がり、浦桑郷から丸尾教会-青砂ヶ浦天主堂-冷水教会-青方教会-浦桑郷の21km位を走る。


まず、丸尾教会。丸尾は鉄川与助の生家のある場所。シンプルな木造だが、遠くからあっという間に目にとまる分かりやすさがいい感じ。シンプルで飽きのこない生活感のある教会が彼の真骨頂だったのではないかと思う。上から見る漁港の雰囲気も目の保養。




そして、暫定世界文化遺産の一つ青砂ヶ浦天主堂。ここは国の重要文化財になったあと盗難に会い、いまでは18時で閉める協会になったそうな。いったとき、係の人が唯一いる教会だった気がする。ここの西日を浴びたステンドグラスは秀逸。行ったものだけの楽しみ。夕日の教会なんじゃないかな。知るかぎりだが、教会スタンプ帳を購入できるのはここだけだった。






そして、冷水教会。鉄川与助が最初に手がけた教会。ここも遠くから見えるが、見えてからがかなり遠い。少し高台に立っており、奈摩湾を見下ろす。それにしても、冷水という地名が相当興味深い。地名の由来を知りたい。調べてみると、この地名を持つ土地は冷たい水の沸き立つところらしい。ここもそうだったのかもしれない。



メトン、ソラジンってなんだろう!とおもったらこれだった

そして青方教会へ。これは新しい教会だが、非常に目新しいものだった。抽象化のレベルが高く興味深いステンドグラスだった。



[2013夏休み] ラン et 教会(暫定世界遺産) 浦桑-頭ヶ島教会 片道15km

当初の計画では片道11kmだった。途中で宿を変えたら距離が変わった、けど新たに正しく計測し直さなかった。その結果、帰りは途中からタクシーになった。浦桑から頭ヶ島教会は間違った距離計測と、想像を超える消耗する坂道の連続だった。でも、それくらいしても見に行くだけの価値のある、協会だった。なお、後で調べ直したら、片道15km、往復30kmだった。

この頃はまだ気持ちに余裕があった。

有川を過ぎて峠を越える。だんだん車道が細くなり、森が茂ってくる。道はくねり、通りかかる車も減る。西肥バスもたまに走るが、見ていると心細いぐらい本数が少ない。とりあえず、頭ヶ島教会を目指す。

峠を超えて、頭ヶ島の案内が出てくるとやる気が出る、が、頭ヶ島に入ってからが長いし、登って下る。島への入り口は坂を登ってトンネルをくぐり、橋を超えて更に2kmというかんじ。最初の1kmはずっと上り。最後の1kmはずっと下り。どちらもわりと厳しい坂なので帰りも当然きつくなる。水も相当飲んだ。

頭ヶ島の上から教会を見下ろす。教会まであと1kmくらい。全部下り。もちろん、帰りは同じ道を登る必要がある。(写真をクリックして大きくするとよくわかります。)

そしてついた。この場所は公園としても整備されており、ずーんと、頭ヶ島教会をみることができる。

鉄川与助による、信者たちが三年がかりで建てた砂岩を加工して作った石積みの教会。そういえば、五島列島は津波や大地震の痕跡がほとんど見つかっていないそうだ。調査はまだ十分じゃないかもしれないが、そんな理由もあって津波警告の看板や海抜表示がないとか。
中も堪能したかったなぁとか思ったが、時間もないし急いでいたので、家路を急ぐ。結果的にここでもう少しゆっくりしておいても良かったのだが。

あのさか超えれば海は見える。が、日没寸前なので、見えなくなる感じ。

頭ヶ島大橋。ここから見る潮と夕日は格別でした。

帰り道に見た、頭ヶ島大橋からみた夕日。綺麗だが、急いで帰らないと日没≒暗くて道がわからない。帰りは友住から有川タクシーを呼んだ。20km到達していたのであと10kmだったが、峠道を考えるとかなり危ないしライトはもっていなかった。最初の距離を間違えたじてんでかなりダメな感じだったが、有川タクシーの運転手さんがとてもよいひとだった。わざわざ少し戻って、サービスでオランダ坂の原型ともいえる坂の前まで案内してもらった。砂岩の産地だった、上五島・友住郷を含む浦崎のエリアは、多くの石を切り出し、それを長崎に運んでからはめ込んだそうな。砂岩は加工がしやすく、石畳としての必要な性質を備えていたため、アスファルトのない時代には重宝したらしい。

そのあと、天主堂と教会の違いや新上五島の話を色々聞かせていただけた。有川タクシーの運転手さんはとてもとても地域愛に溢れているようで、ちょっと羨ましい気分になる。土地に縛られる感じがない自分には無いなぁ。故郷があるというのは、そんなにいいことだったのか、と思う。